ネットビジネス

できなかった過去を否定するのは死ぬほどもったいない

ブログをある程度続けると、
昔書いたヘタな記事を
消してる人がよくいる。

けどそれってもったいないな

と思ったので、
その理由を書いていく。

 

漫画や小説を読んでいると、
必ずどこかで感情が動くポイントがある。

多くの場合は登場キャラの
成長を感じたところや、
覚醒シーンだったりと様々。

有名どころだと、
ドラゴンボールで主人公の孫悟空が
親友のクリリンを殺された怒りで
超サイヤ人に覚醒するシーン

他にも、
今までずっとドラえもんの力に
頼ってきたのび太が
ジャイアンにたった一人で立ち向かい
勝った場面など

これって、
知らない人がこれら一場面だけを見ても

「ああ、なんか急に強くなったな」

「この子弱虫だけど、
がんばって強い相手に
立ち向かったんだなあ」

という感情が湧く程度だろう。

 

もちろん、
そのシーンだけを見ても
心が動く人はたくさんいる。

 

僕自身、
少年ジャンプを10年近く
毎週買い続けてた
生粋のジャンプ好きだった

けど鬼滅の刃を途中までは
あまりちゃんと読んでいなくて

連載当時の無限列車編の
煉獄さんの名シーンを見て、
直後に本屋に直行して
一気にコミックス全巻買い揃えた、

という経験がある。

 

けど、
その名シーンに至るまでの
キャラクターの成長過程を
初めから見て、知っていれば

そのシーンにたどり着いたとき
読者の中ではこれまでに
積み重ねた感動が爆発する。

 

鬼滅の刃でいえば、
炭治郎が死の間際に
ヒノカミ神楽に覚醒するところ。

(マニアックな話多すぎて
知らない人や読んだことのない人、
ホントすいません)

主人公があまりにも
強すぎる敵に対して

「敵わない、死ぬかもしれない」

そんな思いの中、
新しい力に覚醒して立ち向かう。

多くの人には、
このシーンだけでも興奮するだろう。

けど、
それまで読んできた読者にとって
初期の頃の炭治郎は
ただの炭売りの少年で、

家族を殺されても、
目の前で鬼になった
妹を殺されそうになっても、

ただ土下座するしかなかった、
何もできなかった。

そんな弱かった炭治郎が、
妹を助けたいという思いや
鬼に殺された人たちの
無念を晴らしたいという思い

そんな思いを背負いながら、
たくさん修行して強くなった、
たくさんの鬼と戦ってきた

それでも目の前の敵に勝てなくて、
悔しい思いをして、

「ここで負けるわけにはいかない」

強い思いの元での覚醒シーンを見るのは、
これまでの積み重ねもあって感動が爆発する。

 

新規の読者が
漫画を1巻から順に読んでいき
このシーンまでたどり着いたら、

覚醒の一部分しか読んでない人と比べて
興奮の度合いはかなり大きい。

 

もしこれで、

「炭治郎の修行シーン長いしつまらないからカット!」

「序盤の鬼との戦闘も微妙だしこれもカット!」

なんてことを、
もし仮に作者や編集側がしていたら
名場面までの積み重ねが
まあまあ台無しになってしまう。

というか感情移入しにくくなる。
(やるわけないけど)

 

これってブログでも同じで、
過去に書いた出来の悪い記事を
消してしまうって人は割といる。

今すごい実績を出している人でも、
過去の記事を消しているって人はいる。

 

ただ、
それってすごくもったいないと
思ってしまう。

 

過去の記事を消さない人の
多くの理由は

「自身の成長過程を
過去の記事まで読むことで
しっかり追いかけられるから」

というものだ。

これだけでも納得ができるけど、
最初この考えを知った時は
まだまだピンとこなかった。

 

この言葉の理解をもっと深め
細分化すると、

一つ一つの記事を読んで
その人がその時何を頑張ってたのか、
どんな壁に当たったのか

といった書き手側の感情面や

「昔の文章難しくて読みづらいけど
最近の記事は面白いな、他のも読もう」

などといった、
読み手側が無意識に感じとる
スキルや知識などの
成長が垣間見えるポイント

そういうものが
理解されることで
そのブログの、その人のファンになる

という現象が読み手側の心中で起こる。

 

あと正直、
昔の記事を残してる人の方が
今現在、多く稼いでる人が多いのも事実
(※自分調べ)

 

なので、

昔書いた記事が恥ずかしいと思っても、
消してしまうのは後々になって
機会損失なのは間違いない。

 

「ストーリー性」は
ファンを作るいく上で
最大の武器になる。

知識だけなら無料であっても
そこらじゅうに転がってるし、
それを真似て記事を書くなんて
いくらでもできる。

 

正しい知識を学ぶことは重要、
だけど知識だけあってもファンはできない。

ファンができないと、
ビジネスはいつまでも稼げない。

重要なのは知識をどう活かすかで、
でも最初は100%上手くなんて
絶対にできない。


 

「ライティング学んだ!
これで良い記事が書ける!
ヨッシャー!」

・・・

書いた後、撃沈


 

よくある話だ。

最初から上手くなんて
絶対いかない。

 

でも学べば確実に良くなる。

 

僕も初期の頃のブログは
ガチで見返したくないレベルだし、
師匠の記事の語尾だけ変えたみたいな
だっさいコピー記事書いてた。

それでもマーケティングやライティング、
正しいビジネスの知識を
お金と時間をかけて学んだ。

学んで、失敗しながら
積み重ねてきた。

結果、書いた記事に対して
感想や反響をもらうことも増えた。

 

最近だと漫画を読みながら

「ああ、このキャラここで
こんなこと考えてるんだろうなあ」

「この展開、
こないだライティングで勉強した
あの内容に活かせるな」

なんて考えることも多い。

 

元々漫画好きとはいえ
学ぶ前ならただただ消費者として
読んでいただけ。

漫画の内容をブログに活かそう、
なんて最初からできるわけがない

というか考えたこともない。

 

思考も考え方も変わったのは
知識を得てそれを活かしてきたからで、

学びながらブログ書いたり
YouTube撮ったり
無意識ながら成長過程を残してきたから。

 

書いても書いてもブログ読まれない、
お客さんできないと思って
しんどかったけど、

ある日書いた記事で

「前々からふーたさんの
ブログ読んでたんですけど、
今回の記事は面白くて参考になりました」

って言ってくれる人もいた。

 

数や量はそれほど重要じゃない

けど積み重ねは大切だと
自信を持って言える。

そして必要な積み重ねの量も
その人それぞれで違う。

 

100記事書いても結果が出ない、
という人がよくいるが

その原因は知識を、
正しい書き方を学んでいない

ということがほとんどだ。

けれど
「知識を学べばいい」

そのことに気づき正しく学べば
101記事目からは生まれ変わる

102記事目はもっと良くなる

 

ブロガーの多くは
ライティングなんて学ばなくてもできる

そう過信してる人ばかり

だからこそ、
いち早く気づき、自分が学ぶ

その過程も発信する

するとそれまでの
失敗だと思ってた100記事が
一気にストーリーに変わる。

 

ダメだと思ってたところから
一気にチャンスが生まれる。

 

積み重ねを無碍にするのは
読者やこれから先のファンに
届く価値を減らしていくので
やるべきではないなと思う。

そんなわけで、
昔のブログ記事消すのはもったいない、
積み上げにはちゃんと意味がある、

というお話でした。